東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)303号 決定 1981年5月25日
債権者 黒田将平
<ほか二〇名>
右債権者ら二一名訴訟代理人弁護士 植木敬夫
同 菅原哲朗
同 堀敏明
同 五十嵐敬喜
債務者 平和開発株式会社
右代表者代表取締役 小林二郎
右訴訟代理人弁護士 高山盛雄
同 猪原英彦
同 鍋谷博敏
債務者 株式会社今西組
右代表者代表取締役 今西壽雄
主文
本件申請をいずれも却下する。
申請費用は債権者らの負担とする。
理由
一 申請の趣旨
1 (第一次的申請の趣旨)
債務者らは、別紙物件目録(一)(二)記載の各土地(以下「本件土地」という)上に建築予定の同目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という)を建築してはならない。
2 (第二次的申請の趣旨)
債務者らは、本件土地上に建築予定の本件建物について、容積率三二四パーセント以上の建築物を建築してはならない。
3 (第三次的申請の趣旨)
債務者らは、本件土地上に建築予定の本件建物について、別紙図面(一)ないし(四)の赤斜線部分を建築してはならない。
4 (第四次的申請の趣旨)
債務者らは、本件土地上に建築予定の本件建物について、債権者らが申立てた東京都建築審査会五五建審・請第一二号確認取消行政不服審査請求の裁決が出るまで、本件建物の建築をしてはならない。
二 当裁判所の判断
1 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。
(一) 当事者
債権者らは、本件建物の周辺に、別紙図面(五)記載のとおり低層住宅に居住している者であり、債務者平和開発株式会社(以下「平和開発」という)は、本件土地を所有し、本件建物を建築する予定の者、同株式会社今西組は、本件建物の建築を請負う予定の者である。
(二) 地域性
本件土地及び債権者らが居住する土地は、都市計画上商業地域、防火地域に指定され、容積率は五〇〇パーセントで、建ぺい率の制限はなく、日影規制もない。本件土地は国鉄大井町駅東口の東南約一五〇メートル(プラットホームまでの距離は数十メートル)、現在工事が進行中の都市計画補二八号道路(幅員三三メートル)から大井町駅寄りに数十メートル入ったところにある。大井町駅周辺は、南北に走る国鉄の線路によって東西に分かれ、西側は広い駅前広場が設けられ、その周囲には一部一六階建の大規模なホテル兼百貨店、銀行の支店等があり、商業地としてかなり整備され、建物の中高層化も進んでいる。東側も、西側と比べれば商業地としての整備、発展が遅れていることは否めないが、商業地としての実質を持ち、中高層建物もかなりみられる。本件土地及び債権者らが居住する土地は、北東側を品川公会堂、南東側を前記補二八号道路、西側を国鉄の線路に囲まれた三角形の地域内にあるが、この地域は飲食店、一般店舗、事業所、アパート、トルコ風呂などが混在した地域であり、また、建物の高さは、三階建以上八階建程度までの建物と二階建以下の建物の割合が面積にすると半々くらいであり、二階建以下の建物のうち半数近くのもの(本件建物の北ないし西側の八棟)は、道路指定をうけた都市計画道路駅街路四号(戦災復興院による昭和二一年一二月七日告示の都市計画決定、建設省による昭和三三年八月二三日告示の都市計画事業決定に基づくもので、現実には存在しないが、同年九月一六日東京都により道路指定がなされた。以下「本件計画道路」という)にかかっているため新たに建物を建築することのできない土地上のものである。また、本件土地のすぐ東側には、昭和五三年に建築された八階建と六階建の建物が各一棟存在し、現在八階建の建物一棟が建築中である。品川公会堂の北ないし北東の地域は国鉄大井町駅東口を基点に広がる同駅東側の、純度の高い商業地の中核部分であり、小規模小売店舗が密集し、そのなかに四階建ないし七階建の建物がかなりみられる地域である。補二八号道路の東ないし東南の地域は、品川郵便局や、比較的大きな工場もあるが、容積率二〇〇パーセントの住居地域となっている。
国鉄大井町駅周辺は都市計画上商業地域と指定され、容積率五〇〇ないし七〇〇パーセントの高容積率地帯が広がっている。また、品川区では昭和五三年一一月品川区の都市づくりの基本構想である品川区長期基本計画を策定したが、それは国鉄大井町駅周辺について、同駅周辺は人々の集散しやすい性質を備えているうえ、容積率も高く、商業地域になっているので一層の発展の可能性がある、そこで、同駅周辺の道路整備、品川公会堂の総合的な区民会館化、連絡通路の設置による駅の東西の一体化などを実現し大井町駅周辺地区を都市核として一層発展させる必要があるとしている。
(三) 債権者らの蒙る被害
(1) 日照阻害
a 隆明荘に居住する債権者ら
隆明荘は本件建物の南側にあるため日照阻害はない。
b 和光荘に居住する債権者ら
和光荘二階の最も西寄りの債権者久野方居室の南面開口部下端(G・L三・六メートル)を基準としてみると、冬至においては、午前八時すぎころから午前一一時三〇分ころまでは既存の債務者平和開発が建築、分譲した東大井アーバンハイムの影響により既に日照が阻害されていたが、本件建物が建築されることにより、それ以後午後三時ころまでの日照が阻害され、春秋分においては、本件建物による日照の阻害は午後二時ころまでになる。
c 債権者山口、同倉沢、同藤村
債権者山口宅は二階南面開口部下端(G・L三・六メートル)を基準にみると、冬至においては、本件建物により午前八時四〇分ころから午後一時三〇分ころまで日照が阻害される(既存の前記東大井アーバンハイムにより午前八時から午前八時四〇分までの日照も奪われていると思われる)。春秋分は、明らかではないが、冬至におけるそれよりも日照阻害の程度はかなり軽くなる。
同倉沢宅は二階南面開口部下端(G・L三・六メートル)を基準にしてみると、冬至においては、本件建物より午前八時前から正午すぎころまで日照が阻害される。春秋分については、明らかではないが、冬至よりは阻害の程度が小さいと思われる。
同藤村宅については、具体的な被害の程度は判明しないが、右両名とほぼ同程度と考えられる。
d 小島寮に居住する債権者ら
日照阻害の程度は明らかではないが、右Cの債権者らよりは軽いと思われる。
(2) 日照阻害以外の生活利益の侵害
和光荘に居住する債権者らが蒙る天空阻害、圧迫感、採光阻害、通風阻害についてはかなりのものであると考えられるが、他の生活利益の侵害は明らかでない。その余の債権者らの日照阻害以外の生活利益の侵害の程度は明らかでない。
2 以上の事実に基づいて検討する。
前認定の事実によれば、本件土地及びその周辺の地域(以下、「本件地域」という)は、既に建物の中高層化傾向がみられる地域であると言えるが、本件地域は国鉄大井町駅に極めて近くかつ商業地としての実質を備えていること、同駅西側は既に建物の中高層化がかなり進行しているが、それが同駅東側の地域の今後の展開に影響を及ぼすと考えられること、本件土地の北ないし西側の八棟の建物が未だ旧来のままの低層建物であるのは、その敷地が道路指定を受けた本件計画道路にかかり新たに建物を建築し得ない土地であることに由来すると考えられること、本件土地を含む国鉄大井町駅周辺は都市計画上も商業地域に指定され、同駅を中心として高容積率地域が広がっているばかりか、品川区も同駅周辺につき道路の整備と建物の中高層化を前提とする都市再開発計画を策定していること、本件土地のごく近くに、昭和五三年以後六階建ないし八階建の建物が相次いで建築されていること等を考慮すると、本件地域は今後ますます建物の中高層化が進み、かつ、建物の中高層化による土地の効率的利用が合理的な土地利用として是認されるべき地域だと言え、また、このことからすれば、低層住宅が今後とも本件地域内で維持される可能性は乏しいと言える。
こうした見地から、本件建物の建築による債権者らの日照阻害等の被害が受忍限度内であるか否かを更に検討するが、債権者らのうちで隆明荘に居住する者については、日照阻害は全くなく、債権者山口、同藤村、同倉沢及び小島寮に居住する債権者らについては、東大井アーバンハイム及び本件建物によって蒙る日照阻害(東大井アーバンハイムは債務者平和開発が建築、分譲したものであるから、これと本件建物による被害を合わせて考慮しなければならない)の程度が前認定の程度にとどまり、和光荘に居住する債権者らについては、その日照阻害の程度が甚大であることは否定できないが、和光荘と本件建物の敷地が南北に隣接しているため、和光荘の日照を意味のある程度に回復させるためには、本件建物を大幅に削除しなければならず(債権者らが提案する設計変更案によっても、冬至における一時間の回復のために、二階の途中から八階まで、東西を一・四メートルないし一・七メートル削らなければならない。なお、本件建物の東西の長さは一一・七メートルである)、このような債務者平和開発に対する財産権行使の制限は、右の見地からすれば妥当とは言い難いから、日照阻害以外の圧迫感、天空阻害、採光阻害等の生活利益の侵害を考慮に入れてもなお、本件建物の建築によって債権者らが蒙る被害は、いずれも本件地域内においては受忍限度内のものにとどまると言うことができる。
なお、債権者らは、本件建物は建築基準法規に甚しく違反した建物であると主張するので、この点について検討する。
債権者らの主張の要点は、本件建物は建築基準法四二条一項四号の指定を受けた幅員一五メートルの本件計画道路(本件土地の北側)を前面道路として建築確認を得ているが、本件計画道路の基礎となった都市計画決定、都市計画事業決定及び道路指定はいずれも無効であるから、現実には存在しない本件計画道路は本件建物の前面道路たり得ず、従って、本件建物の前面道路は現実に存在する幅員五・四メートルの道路(本件建物の南西側)とせざるを得ないが、この場合には、建築基準法五二条一項(前面道路の幅員による容積率の制限)により、本件土地の容積率は三二四パーセントに制限されるから、結局、容積率四九九・九七パーセントの本件建物は、前面道路の幅員による容積率の制限に大幅に違反することになるというものであり、右無効の理由としては、要するに、本件計画道路は、都市計画決定から三五年間、また、都市計画事業決定及び道路指定から二三年間も実施に移されておらず、今後とも実施の予定が全くないうえ、これらの行政処分は本件地域の住民に多大の犠牲を強いているから、いずれも違憲、無効のものである、とりわけ事業決定は事業期間をあてどもなく年々更新しているもので行政の権利濫用という面からも無効であり、また、道路指定は、建築基準法四二条一項四号により、「二年以内にその事業が執行される予定のもの」についてなされるはずであるのに、本件計画道路は長年にわたって実施されていないから無効であると主張する。
ところで、建物の建築による日照阻害等の生活利益の侵害が受忍限度内であるか否かを判断する場合において、加害建物につき、建ぺい率制限、容積率制限(前面道路の幅員による制限を含む)など日照等の生活利益に直接的な関係を有する公法規制の違反があることが加害建物を建築する側にとってかなり不利な要因となることは疑いないが、それは、ある地域内の住民は、周辺の建物がその地域に適用される公法的規制に適合するように建築されるということを期待して自らの建物を建築しあるいは生活をしてゆくものであるから、仮りに、公法的規制に反するような規模、形状、配置の建物が建築され、その違反部分によって被害を蒙るとすれば、それは周辺住民にとっては予想外の被害であると言え、他方、加害建物を建築する側は、そもそも公法的規制に反する建物の建築はできないのであるから、規制違反の部分の権利行使を保護する必要は乏しいうえ、利益侵害行為の態様という面からみても違法の判断を受ける余地が生ずるからである。
そうであれば、本件債権者らが主張するように、本件都市計画決定、事業決定及び道路指定が無効であったとしても、それは、前記受忍限度に関する判断を左右するに足りないものと言わざるを得ない。けだし、本件地域においては、これまで、右各行政処分に基づく本件計画道路の存在を前提とした行政的規制により街が形成されてきたのであるから、債権者らが本件建物程度の規模の建物が、本件計画道路を前面道路として建築されることはないという期待を持ったとしてもそれは保護に値する期待とは言い難いうえ、債務者らの権利行使は右各行政処分を信頼してなされるものであって特に非難されるいわれはなく、また、行政処分の公定力を考慮すると債務者らの権利行使を保護する必要が乏しいとも言えないからである。もっとも、右各行政処分の無効が明白であれば事情は異なってくるが、都市計画決定、事業決定の実施は、ことの性質上容易に進捗しないこともありうるし、その結果、都市計画事業の施行期間の更新を続けることもやむを得ないとみられることが多いと考えられ、また、同様の理由により、道路指定についての「二年以内にその事業が執行される予定のもの」という要件の充足の有無の判断も容易なものとは考えられないから、右各行政処分が仮りに無効だとしても、それは到底明白なものとは言えない。
3 以上検討してきたところによれば、本件各仮処分申請は、いずれも被保全権利の疎明がないことに帰し、保証をもって右疎明に代えるのは事案の性質上相当でないから本件各申請を理由なしとして却下することとし、申請費用については民事訴訟法八九条、九三条を適用して債権者らの負担とする。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判官 山本博)
<以下省略>